2009.07.10
児童ポルノ禁止法改正案緊急声明についての解説
1,児童ポルノの定義を客観的・限定的にすること
自民・公明党案では、現行法第二条第三項の児童ポルノの定義はそのままとなっています。民主党案では、名称を「児童性行為等姿態描写物」と変更した上で、定義のひとつの「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの 」といういわゆる「三号児童ポルノ」を削除し、そのかわりに第二号から性欲刺激要件を外し、「殊更に児童の性器等が露出され、若しくは強調されている児童の姿態」という定義も加えるという形で定義を変更しています。
民主党案は定義の客観化を行うということで取得罪の範囲を限定するメリットを持つとしていますが、一方、現行法で製造・頒布・提供等が違法とされているものの一部が合法化される可能性があるとの批判もあります。また、「強調」という要件が曖昧であるとの批判もあります。
その一方、現行法の条文には、声明で述べたように、アイドルのライブ映像や水着写真まで含むような曖昧な部分があり、これは国会質疑でも言及されました。それらが児童ポルノでないと判断されたとしても、やはり国会質疑で言及されたように、海外で広く歴史的な芸術作品であると評価されているものが児童ポルノと判断される可能性は否定できません。
また、現代においても、物議をかもしつつも児童ポルノでないと判断された児童の裸体を描写した芸術作品は単純所持を処罰対象としているとされるG8各国にも少なからずあり、そのような芸術作品はそれぞれの社会の中で主流の文化の中に位置づけられ堂々とインターネット上で公開されているものもあります。
児童ポルノの定義を主観的なものとしたり曖昧なものとしたりすることは、海外で広く合法とみなされているものへのアクセスを処罰対象とすることになりかねず、また、広く合法とみなされているがゆえに他のものと区分けされていない場合には、インターネットを利用して外国文化に触れること一般を極度に萎縮させることになるのではないかと考えられます。
従って、児童ポルノの定義を客観的・限定的にすることが必要です。
児童ポルノの定義そのものを現在の定義から狭めることについては、現行法で製造・頒布・提供等が違法とされているものを合法化することになることから、個々の児童の人権の面から問題であるとする意見が少なからずあることは、私たちは理解しています。
しかしながら、そもそも、自民・公明党案と民主党案のいずれにおいても、児童ポルノの単純所持ないし取得による法益侵害は、製造・頒布・提供による法益侵害と比べて軽いと判断していることは、その罰則の軽重により明らかですし、製造・頒布・提供などといった積極的行為と、単純所持ないし取得といった受動的行為の両方で同程度の注意義務が人々に課せられるのも、過酷な負担となると私たちは考えます。
もし今回の改正が不可避であるならば、単純所持ないし取得の禁止の処罰対象としての児童ポルノからは現行の「三号児童ポルノ」を除外し、単純所持ないし取得の禁止の処罰対象の拡大や、製造・提供・頒布等の場合の児童ポルノの定義の限定化については、附則で政府に諸外国法制やその運用についての調査研究を求めることを盛り込むなどして今後さらに議論を重ねるといった方法もありうるのではないかと思います。
2,処罰対象を曖昧にせず、客観的にすること
自民・公明党案では、単純所持処罰の対象を限定するために「自己の性的好奇心を満たす目的」という文言を用いています。同案では同時に、濫用の防止を定めた第三条を改正して「児童に対する性的搾取及び性的虐待から児童を保護しその権利を擁護するとの本来の目的を逸脱して他の目的のためにこれを濫用するようなことがあってはならない」としていますが、しかし、6月26日の法務委員会質疑の葉梨委員答弁では「基本的にこの法律というのは、ペドファイル、小児性愛者との戦いということ」とされています。
同委員会質疑で民主党案に関連して枝野議員が「小児性愛者であるかどうかということは内心の問題」と述べたことについて、私たちも同様に考えています。小児性愛者であるかどうかが内心の問題である以上、その戦いという目的を設定することは、「児童に対する性的搾取及び性的虐待から児童を保護しその権利を擁護するとの本来の目的」からの逸脱であり、単純所持処罰における「自己の性的好奇心を満たす目的」という限定も、実際には「小児性愛者との戦い」という、本来の目的からの逸脱を強めるものであるように思われます。
そのような逸脱は、将来において、児童の被害の発生していない段階における所持未遂罪の創設につながりかねないと私たちは考えます。所持未遂は、英国および米国連邦法の場合には既に処罰対象であることから、自民・公明党案の延長で、次回の改正で「国際標準」としての未遂罪を設けるというのは、現実の可能性としてありうることです。この場合、共謀罪も議題とされるでしょう。
将来、万が一所持未遂罪が創設されるようなことになれば、例えば、自民・公明党案附則にある「インターネットによる閲覧の制限」が、児童の被害を防ぐとともにインターネット利用者にとっては違法行為を犯してしまうことから守られる利点を持つ、といったことにならず、むしろ、人々のインターネット閲覧の監視の道具となるような事態も考えられます。そのような事態は、基本的人権や通信の秘密を大きく損ねるものです。従って、将来にわたってそのような誤った方向に至らないよう、「児童に対する性的搾取及び性的虐待から児童
を保護しその権利を擁護するとの本来の目的」から逸脱しない形で法改正は行われるべきと考えます。
この点、民主党案の「有償・反復取得」は、抑制された内容であり、将来、未遂罪を創設するのは飛躍がある内容となっていて、相対的には評価できます。
もうひとつの問題は、現行法において、被写体児童自身による製造・提供などが処罰対象となってしまうことについて配慮がないまま、単純所持を処罰対象としたり、罰則を強化したりする方向となっており、被写体児童の保護が十分でないことです。自民・公明党案では、「自己の性的好奇心を満たす目的」であれば、自分の写真の所持でも処罰対象となります。民主党案では、現行の単純製造罪について、「姿態をとらせ」た場合に限定しているのを盗撮をカバーする目的で改めていますが、そのために、自身の写真の単純製造も新たに処罰
対象となります。
児童ポルノ禁止は児童に対する性的搾取及び性的虐待から児童を保護するためのものではありますが、昨今、児童による携帯電話の利用のなかで、児童が自身を被写体とした写真や動画を撮影し、その内容が児童ポルノに該当するものとなっている場合があり、問題になる場合があります。そのような行為は児童の健全育成の観点からみて好ましくないとは思われますが、しかし、児童自身を処罰対象とすることは、法の目的にそぐわないものと私たちは考えます。
EU諸国の中には、児童自身による製造や児童間の真摯な合意に基づく提供・所持などについては違法としない場合を設けている国があります。米国の場合、児童ポルノ犯がすべて性犯罪者登録されることから、弊害が深刻化し、そのために州法で合法化したり、あるいは軽犯罪にカテゴリ替えする立法を行ったりする動きがあります。
児童ポルノの流通抑制という観点からは、こうした行為をわが国で合法とするには調査研究が不足しているとは思われますが、少なくとも、被写体児童自身による製造・提供・所持などについて処罰しないことを明記することは、法の目的にかなうと私たちは考えます。
3.冤罪の可能性がある処罰の新設ではなく確実な法執行で児童を守ること
児童ポルノによる児童の被害は、拡散のみならず所持が続くかぎり継続するという考え方を必ずしも否定するものではありませんが、現実の問題として、児童ポルノ法以前にはとくに違法性を帯びるとは判断されずに流通した写真や映像作品で、現在は児童ポルノに該当すると判断されるであろうものは少なからずあり、それらは、違法とは考えられていなかったゆえに、単体で流通したとは限らず、例えば雑誌や書籍の中のごくわずかなページ、あるいは一般映画の中のワンシーン、といった形で紛れ込んでいる可能性があります。そして、多
くの場合、単に仕舞い込まれているという形で所持されているでしょう。
この状態を広く違法状態と捉え、処罰対象を性欲目的という主観的要素で限定するという自民・公明党案は、冤罪を多くの悪意のない一般国民にもたらすおそれがあります。
こうしたものの蓄積を調べあげて現在の見地から違法なものがあれば廃棄しなければならないとすると、児童ポルノの被害の解消という目的を越えて、大衆文化の記録が大きく損なわれる可能性があります。国立国会図書館の納本制度では現実の運用では納本漏れが少なからずあり、民間での書籍等の廃棄は対象となりうる書籍について研究者によるアクセスをも困難にする可能性があります。
また、葉梨議員の答弁にあったような、政府が所持の禁止の施行前に過去に合法的に流通した個別の作品について児童ポルノに該当するか判定して回答するサービスを提供することは、司法判断によらず行政府のみの判断によって特定作品の存在を永遠に葬るということになり、弊害が大きすぎるようにも思われます。
法執行のリソースも有限である以上、多くの国民の犠牲を払うよりも、新たな頒布や提供を抑止するためにこそ法執行を確実に行うことが、児童を守ることになると私たちは考えます。そのためには、前述のように被写体児童自身を処罰しないようにすることに留意しながら、製造・頒布・提供の処罰を強化したり、児童ポルノの製造・頒布・提供の摘発をより効率的かつ着実に行うことができる法執行体制を整備するための措置が必要であると私たちは考えます。
4.インターネットの規制の前に憲法や他の法律等との整合性を取ること
自民・公明党案では、第十四条の二として、インターネット事業者の努力義務を定めています。この条文では、「不特定の者に対する情報」の発信側の事業者と閲覧側の双方の事業者に対して「いったん国内外に児童ポルノが拡散した場合においてはその廃棄、削除等による児童の権利回復は著しく困難になることにかんがみ」とした上で、捜査機関への協力のほか、「当該事業者が有する管理権限に基づき児童ポルノに係る情報の送信を防止する措置その他インターネットを利用したこれらの行為の防止に資するための措置」を求めています。
「いったん国内外に児童ポルノが拡散した場合においてはその廃棄、削除等による児童の権利回復は著しく困難になることにかんがみ」た上でのこれらの努力義務は、通報や自主的な巡回などによって違法情報の発信に気づいた段階での送信防止といった、妥当と思われる範囲を越えて、例えば情報発信側の事業者として、利用者が不特定の者に公開するコンテンツの事前審査を要求しているようにも解釈できます。もし事業者がコンテンツの事前審査を行うことになれば、審査内容は児童ポルノに留まることができず、幅広い規制とならざるを
えないと考えられます。そのようなコンテンツの事前審査を実質的に努力義務で求めるとなれば、児童ポルノの問題を越えた、表現の自由に対する強い抑制となる可能性があり、憲法上の疑義があります。その上、そのような事前審査は大多数の児童ポルノとは関係ないインターネットユーザーのネット利用を大きく阻害するものとなります。閲覧側の措置の努力義務についても、通信の秘密などの憲法上の問題が考えられ、少なくとも本国会で十分に議論が深められる状況とは考えられません。
また、昨年成立した青少年インターネット環境整備法の附則第四条では、児童ポルノを含む違法情報について「サーバー管理者がその情報の公衆による閲覧を防止する措置を講じた場合における当該サーバー管理者のその情報の発信者に対する損害の賠償の制限の在り方については、この法律の施行後速やかに検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとする。 」としており、その経緯を見守る必要もあります。
従って、本改正では事業者の努力義務は見送り、安心ネットづくり促進協議会などの民間の取り組みや前記の青少年インターネット環境整備法の附則に基づく検討を待つなど、慎重な対応を続けるべきだと考えます。
5. 今後に向け、本当に児童を守るための施策を検討すること
自民・公明党案では、附則で「児童ポルノに類する漫画等の規制」の調査研究の推進と「インターネットによる閲覧の制限」の技術開発の促進の配慮を政府に求めた上で、三年後の規制導入の検討を求める内容となっています。
しかしながら、「児童ポルノに類する漫画等の規制」は「児童に対する性的搾取及び性的虐待から児童を保護しその権利を擁護するとの本来の目的」から逸脱するものであると、私たちは考えます。また、「インターネットによる閲覧の制限」を、少なくとも国が民間に求めることは通信の秘密の問題など、憲法上の問題が検討・解決されているといえない現段階において、導入を既定路線とするような附則は設けるべきではないと私たちは考えます。
それよりも、被害児童の保護を充実させる施策のほうが、はるかに重要だと私たちは考えます。
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