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「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)素案に対するパブリックコメント」に意見を提出しました

MIAUは香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)素案に対するパブリックコメントに意見を提出しました。

内容は以下の通りです。


令和2年2月6日

一般社団法人インターネットユーザー協会

香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)素案に対するパブリックコメント

掲題の条例素案の制定に対し、主にインターネット分野に対する立場から意見を提出する。我々、一般社団法人インターネットユーザー協会は本条例に反対する。以下で述べる通り本条例素案は全体的に検討が不足し情報公開も不十分であるため、早期の結論は拙速との評を免れ得ず避けるべきである。

なおゲーム依存部分についてはNPO法人国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)がすでに公表したパブリックコメント(https://www.igda.jp/2020/02/03/10740/)に賛同する。

前文について

「インターネットやコンピュータゲームの過剰な利用は、子どもの学力や体力の低下のみならずひきこもりや睡眠障害、視力障害などの身体的な問題まで引き起こすことなどが指摘」されていることは否定しないが、これはどのようなメディアであっても、過剰な利用が一般的に引き起こす問題だ。インターネットやコンピュータゲーム(特にスマートフォンアプリによるゲーム)の使いすぎが近年、社会的に注目を集めるようになったものの、それは普及の反映であり、「つかいすぎ」「あそびすぎ」等の問題は今に始まった新しい問題ではないということに注意すべきである。

前文ではWHOのICD-11に「Gaming disorder」が掲載されたことを本条例の策定根拠のひとつのように挙げている。インターネットはここに含まれていないが、本条例の規制対象としてインターネットを含めた客観的な理由があれば示してほしい。ネット依存傾向についてはその指標として米国の心理学者 キンバリー・ヤング博士による8項目または20項目の尺度が知られているが、これは強迫性ギャンブル依存症の診断基準を援用して作られたものであり、また1998年に作られた古い指標であることから、今や生活に密着したインターネットへの依存をこの指標でそのまま測定するのは誤りであるというのが、近年のネット依存研究の成果である。ICD-11にネット依存が含まれなかったことは、その指標づくりの難しさが理由のひとつだと思われる。

参考PDF:青少年のインターネット利用と依存傾向に関する調査 調査結果報告書(平成25年6月)/ 総務省・情報通信政策研究所

前文ではネット依存・ゲーム依存の対策のための県に求められる取り組みとして「適切な医療等を提供できる人材などを育成するため、研修体制の構築や専門家の派遣等の支援に取り組むこと」と挙げられている。この点には異存はなく、大いに進めてもらいたい。しかし具体的な条文を読むとこの県の取り組みの範囲が大きく、私的な領域に踏み込んだ条文が混在している。後述するが、人権および法で定められた権利の侵害を防ぐ目的以外で、私人の行動の制限を法(条例)が「求める」ことはあってはならない。

これは前文に限ったことではないが、本条例素案は親子の関係があることを前提とし、そのあり方を説くような文が散見される。しかしこの社会的な援護を要する人を除くかのような書きぶりは条例として包摂性に欠け、著しく不適切と言わざるを得ない。「社会全体で子どもがその成長段階において何事にも積極的にチャレンジし、活動の範囲を広げていけるように」という目的とも合致しないので削除すべきだ。

第1条について

「県、学校等、保護者等の責務等を明らかにするとともに」とあるが、第7条では「ネット・ゲーム依存症対策に関連する業務に従事する者の責務」(以下事業者という)を明確に定めている。本条例が事業者にも何らかの責務を与えるものであるならば、その際に事業者は重要なステークホルダーとなるので、事業者を「等」でまとめずに、明確に責務の対象に含めることを明示すべきである。本条は本条例の目的を示すものであるから、その与える影響範囲を矮小化してはならない。

第2条について

本条例案はその影響する範囲の広さや個人の行動を制限するものであるのに対して、その制限の対象である「ネット・ゲーム依存症」「ネット・ゲーム」「オンラインゲーム」の定義が観念的すぎる。ネット依存・ゲーム依存についてはさまざまな形で研究が積み重なっているが、そのような研究による一定の客観性をもった知見を援用せず、県独自の主観的な定義を定めることは避けるべきだ。特にゲーム依存が疾病であるという立場に立つなら、これはなおさらだ。

第4条について

本条例において「県民をネット・ゲーム依存症に陥らせないために」県が普及啓発すべきものとして「子どもと保護者との愛着の形成」が謳われている。しかしこれは社会的包摂性の観点から不適切であり、削除すべきである。

「子どもが安心して活動できる場所を確保し、さまざまな体験活動や地域の人との交流活動を促進する」という点については、スポーツや運動を前提としたものだけでなく、文化や技術に関するものも盛り込むべきだ。地域の有識者の力を活かした情報技術に関する学びや体験活動はネット依存防止という意味でも有効であり、促進すべきである。

「親子の理解を深め」とあるが、ここだけ「保護者」でなく「親子」とするのは不適切である。

第5条について

「ネット・ゲームの適正な利用についての各家庭におけるルールづくりの必要性」については、子どもの発達には個人差があることから、一様なルールの押し付けではなく、その段階に応じたルール作りの必要性があることも伝えるべきである。

第6条について

我が国の憲法において「通信の秘密」は定められている。さらに我が国も批准する「児童の権利に関する条約」には、その第16条に「いかなる児童も、その私生活、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない」とある。ついては「子どものスマートフォン等の使用状況を適切に把握する」際の留意事項として、子どものプライバシーを尊重する必要性も明記すべきだ。これは保護者による虐待の通報を子ども自身が行うことのできる機会を失う可能性などを減らすためにも重要な観点だ。

第8条について

2においてeスポーツの活性化について特記され、香川県は国に対してeスポーツ振興を実質的に抑制するように求めるように読みとれる。インターネットやゲームに関して子どもでも成果が発揮できる分野としては、例えばプログラミングコンテストや情報オリンピック、ロボットコンテストなども挙げられる。もしeスポーツに限って抑制を求めるなら、その説明が求められる。もしそうでないならば誤解を与える条文は削除すべきである。

第11条について

ここでいう「県民のネット・ゲーム依存症の予防等」「県民のネット・ゲーム依存症対策」が示すものは一体何を想定しているのか、具体的に示すことが議論の前に何よりも先決だ。本条例素案に対してたくさんの反対の声が寄せられている理由はこの不明確性が一番の原因だと考える。

インターネットは国家の垣根を超えた情報インフラであり、知る権利や表現の自由などを担保する存在となった。人権と表裏一体となった現代のインターネット環境において、第11条のような極めて不明確な幅広い範囲で事業者に「県民のネット・ゲーム依存症の予防等」「県民のネット・ゲーム依存症対策」「子どもの福祉を阻害するおそれがあるものについて自主的な規制」を香川県が条例で求めることは国際的協調に反し、事業者の萎縮や県民を含む利用者の不安をいたずらに煽る。

インターネットを通じた諸問題を解決するための安易な規制は、その規制範囲が一部の地域を対象としたものであっても、それは実質的に世界中に影響を与える。ゆえにインターネット規制に関しては、国内はもちろん、国際社会においてもマルチステークホルダープロセスを通じた重層的な議論が重ねられている。例えば2017年2月に香川県で開催されたG7 香川・高松情報通信大臣会合での議論の成果、特に「デジタル連結世界憲章」を参照されたい。

フィルタリングソフトウェアの取り扱いについては「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律」が整備されているが、改めて本条文を条例に入れ込む場合はその目的を書き込むべきだ。

第12条について

ネット依存・ゲーム依存に関する知識の収集および普及啓発には、県内外からさまざまな立場・分野からの知見を求めるように明記すべきである。

第18条について

1項では「子どもの年齢、各家庭の実情等を考慮の上、その使用に伴う危険性及び過度の使用による弊害等について、子どもと話し合い、使用に関するルールづくり及びその見直しを行う」とあるのに対して、2項ではコンピュータゲーム及びスマートフォンの利用について具体的な時間帯や時間数の基準を示している。条例として個人の自由や家庭内の行動に一定の制限を実質的に求める基準を示すのであれば、その制限に対する客観的な根拠が必要だ。検討会での議論の際に示されているのかもしれないが、議論の経過が示されていないため我々は知りうることができない。客観的な根拠がないのであれば2項は削除すべきである。

また条例で一律にネット利用制限を課すことは、子どもたちが自主的に情報モラルや情報セキュリティについて考える機会を奪ってしまうことも見逃せない。例えば情報処理推進機構(IPA)の進める「ひろげよう情報モラル・セキュリティコンクール」では、アンケートなどを通じて自分たちの利用状況を把握し、その上で自主的なルールを定め運用し、成果をあげている。このルールづくりの範囲には依存だけでなくモラルやセキュリティの観点も含まれる。このような子どもたち自身による自主ルール作りは効果的であることから、それを促進するような条例とすべきだ。

以上

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