2016.01.28
知的財産戦略本部「知的財産推進計画2016」策定に当たっての意見募集に、意見書を提出しました。
MIAUは、政府の知的財産戦略本部「知的財産推進計画2016」の策定に向けた意見募集に、下記の意見書を提出いたしました。
内容は以下の通りです。
2016年1月28日
一般社団法人 インターネットユーザー協会(MIAU)
【要旨】
国内法改正の議論の上では、TPP協定交渉にかかる交渉経緯が重要。著作権保護期間の延長はTPP協定の発効と同時とすること。著作権登録制度を導入し、登録作品のみ延長の対象とすること。非親告罪化は複製権侵害に止め、海賊版対策に限定した制度設計とすること。アクセスコントロール回避規制には情報社会に重要な影響があるため、例外規定を十分に検討すること。批准にかかる法改正と同時にフェアユース規定の導入は必須。
【本文】
2015年10月に妥結したとされるTPP協定交渉は、我が国の知的財産制度、特に消費者・インターネットユーザーの立場からみた著作権制度に大きな不都合を与える内容となっている。一連の交渉が最後まで秘密裏に実施されたことは大変遺憾であり、今後の条約交渉において同じ轍を踏まないよう求める。また交渉が妥結したにも関わらず、条文の公開は遅れ、日本語の抄訳も2015年12月末にようやく公開された。しかし未だ交渉の経緯などは全く公開されていない。文化審議会での議論においても、その交渉経緯は非常に重要な資料となる。TPP交渉には交渉各国との間にNDAが結ばれているとあるが、まずはそのNDAがどのようなものなのかを公開することが重要である。
下記にTPP協定の知的財産章の著作権制度に関わる分野のうち、懸念される点を述べる。
著作権保護期間延長
孤児作品(Orphan Works)の保存と活用に関してはすでにさまざまな審議会や報告書で問題提起されており、その解決が議論されているところである。しかしTPP協定に盛り込まれている著作権保護期間の延長は、この孤児作品を増やす最も大きな要因だ。
下記の理由から、そもそもわが国は著作権保護期間の延長をすべきでない。しかしどうしても延長が不可避であるとされる場合は、著作権の保護期間を延長するのであれば、その際の弊害として指摘される孤児著作物の問題等も解決できるように、制度を構築するべきである。例えば米国では登録制度をあわせて運用し、登録を訴訟要件とすることによって、孤児著作物の増加を防ぐことにつなげている。この制度を参考として、現行の著作権保護期間以降も保護を必要とするときは、登録を要件とすることで延長が必要な著作物が保護されつつ、孤児著作物が増加し ないようにすることができる。なお、登録や更新を忘れるような場合は、「権利の上に眠るものは保護に値せず」という法格言に則った対応で良いものと考える。
また著作権保護期間の延長の開始は、TPP協定の発効と同時に行われるべきだ。もし発効に至るまでの法改正が必須ということであれば、法文の中で、保護期間が70年となる施行日をTPP協定発効の日とすべきである。
また戦時加算解消については、現在存在するとされる各国との交換公文が単に「政府が民間に加算分返上を働きかける」という程度の内容だとすれば、実効性は極めて不十分である。各国に戦時加算を本気で解消させるためにも、保護期間延長の導入は戦時加算解消の確約後とすべきである。
【参考:著作権保護期間延長に反対する理由】
著作権の保護期間が早く終われば、その著作物を用いて二次的著作物を制作したり、その作品を上演したりする際の許諾や著作権使用料が不要となるため、二次的著作物の制作や作品の上演が大きく加速される。結果として近代や現代の作品を演奏・上演する楽団や劇団などが増加し、著作物の漫画化やノベライズ、パロディといった新たな創作物の出現が活性化される。
現代の著作物においては非常の多くの人がその制作に関わっており、制作に関わった関係者にも著作隣接権が付与される。その著作物を保存・活用しようとした場合、著作隣接権者を含めたすべての著作者に許諾を取る必要があるが、数年前に制作された著作物であっても著作者が不明という理由で許諾を取ることが不可能なケースも発生している。より高い創作性をもった環境を維持するためには、むしろ著作権保護期間は短縮すべきであり、さらには著作権を放棄し、パブリックドメイン化する仕組みも必要である。
さらに著作権が切れた著作物を利用することで、新たなビジネスが生まれている。例えば著作権が切れた書籍のデジタル化を進めている「青空文庫」のデータは数多くの電子書籍端末などに収録されており、日本における電子書籍の普及に役立っている。しかし著作権保護期間の延長によって、このような創造のサイクルが大きな打撃を受け、新たなビジネスチャンスを失うことになる。
著作権侵害の一部非親告罪化
下記の理由から、そもそもわが国は著作権侵害を非親告罪とすべきではない。しかしどうしても変更が不可避であるとされる場合は、悪質な海賊版の取り締まりに限定した効力になるような制度設計とすべきである。具体的には出版権同様に「原作のまま」複製する行為のみ、つまり複製権侵害に限定し、さらに原作の市場収益を重大に害する、大規模かつ商業目的の海賊版取り締まりにのみ効力を認めるものとすべきだ。その際、著作物の登録制度を活用することによって、この対象を明確にすることも可能だ。また著作権侵害を当局が取り締まる際は、その原作の著作者にその作品が原作のまま複製されているかどうかを必ず確認する手続きを制度に盛り込むべきだ。
【参考:著作権侵害の非親告罪化に反対する理由】
わが国には二次的著作物やパロディに関する法制度が存在せず、司法では二次的著作物やパロディは著作権侵害と判断される。しかし現実には二次的著作物やパロディによる作品が数多く存在しており、今やそれらは日本の文化の一翼を担っている。そしてこのわが国独自の個性豊かな文化は世界に向け発信され、世界から共感を得ている。これは知的財産戦略本部が策定した「知的財産戦略2013」の中にも盛り込まれている「クール・ジャパン」の源泉となっている。このような文化が熟成されたのは二次的著作物やパロディについて、その制作者と原著作者との間に信頼関係があり、著作者が黙認していたことに由来する。著作権侵害が非親告罪となれば、このような信頼関係に関わらずあらゆる二次的著作物やパロディが刑事告訴の対象となり、パロディ法制などのないわが国においては「クール・ジャパン」の源泉となる文化が崩壊する結果となり、国益を害する。
また著作権侵害が非親告罪となることで相対的に捜査機関の権力が増大し、これまで社会的に容認されていたような軽微な著作権侵害においても、著作権侵害を理由に捜査機関が逮捕することができるようになる。そもそもインターネットでダウンロードされたファイルが違法なものかどうかは、技術的・外形的に判断できないという根本的な問題もあり、これは別件逮捕などの違法な捜査を助長するおそれがある。
アクセスコントロール回避規制
わが国では2012年10月の著作権法の改正によって、DVDなどにかかっているアクセスコントロール技術を回避しての複製行為が違法となった。これに対してTPP協定にはアクセスコントロールを回避する行為自体を規制する条文が導入されている。しかし無条件のアクセスコントロール回避規制は、ユーザーによるコンテンツのアーカイブを不可能とし、国民の正当なコンテンツ利活用を妨げる。またアクセスコントロール回避規制はわが国のICT技術の発展を不当に妨げ、ひいては日本の家電製品の競争力をも損なっており、それに対する手当は一切なされていない。その具体例を下記に挙げる。
1. 引用や批評を可能とするため
引用や批評を正しく行える環境は、言論の自由を担保する上で非常に重要だ。またリミックスやパロディについても同様で、各国の著作権法制ではそのような利用を可能とする権利制限規定が導入されている。しかし現状では、アクセスコントロールがかかったテレビ番組やDVD/Blu-rayなどを使い、そのような行為を行うことができない。テレビで放送された内容を引用し、評論する行為がおこなわれなければ、放送内容の正当性などについて、広い知見で検証することは不可能だ。
書籍や新聞、論文といった文字情報については、引用の有用性は広く理解され、これによる論考の深まりは、国民の重要な利益となる。現在インターネット上に流通する多くの情報が、文字から映像へとシフトしつつある現状を踏まえると、映像情報についても、引用の有用性を拡張すべき時期に来たと考える。
2. 機器やソフトウェアの安全性のチェックのため
DRMやセキュリティの確保を理由に、利用者にとって不利益となる悪質なソフトウェアが事業者より提供されるケースが散見される。
DRMについてはソニーBMG製のCDにrootkitと呼ばれる、ユーザーに知られることなくコンピュータに侵入できるマルウェアが意図的に組み込まれたことがある。
例)ソニーが音楽CDに組み込んだ“Rootkit”とは何者か? - @IT
http://www.atmarkit.co.jp/fwin2k/insiderseye/20051109rootkit/rootkit_01.htmlまたスマートフォンのファームウェアやプレインストールアプリケーションにバックドアやスパイウェアが仕込まれている事件も近年繰り返し話題になっている。
例) 人気のSamsungデバイスにバックドアが? ー Kaspersky Lab Daily
https://blog.kaspersky.co.jp/popular-samsung-devices-allegedly-contain-backdoor/2989/例) 中国製スマホにスパイウェアがプリインストールされていることが発見される – Gigazine
http://gigazine.net/news/20140618-star-n9500-peinstall-spyware/例) 公式Androidファームウェアに潜む危険なトロイの木馬 – 株式会社Doctor Web Pacific
http://news.drweb.co.jp/show/?i=921&lng=ja&c=2また、広く用いられているアプリケーション開発キット(SDK)を通じて多数の複数の開発元のアプリケーションにバックドアが仕込まれた事件も最近大きく話題となっている。
例)トレンドマイクロ、BaiduのSDK「Moplus」の脆弱性について注意喚起 – MdN Design Interactive – デザインとグラフィックの総合情報サイト
http://www.mdn.co.jp/di/newstopics/43061/また機械の動作を偽って、性能以上のものに見せかける企業の実態も明らかとなった。
例)フォルクスワーゲンのエンジニア、二酸化炭素排出量に関する不正行為を認める | Autoblog日本版
http://www.huffingtonpost.jp/autoblog-japan/vw-scandal_b_8548986.html例)サムスンGalaxy S4、特定ベンチマークだけ最高性能を出す「最適化」が発覚 – Engadget Japanese
http://japanese.engadget.com/2013/07/30/galaxy-s4/このような事例の多くは、情報セキュリティ企業だけでなく、市井のエンジニアたちが検証し、インターネット上でその事実を報告したことで明るみに出るケースがほとんどである。このような検証には、ソフトウェアにかけられた暗号や難読化を解析して、実際にどのような動作が行われているかを細かくチェックすることが必要となる。
ユーザーが正当に手に入れた機器で、どのようなプログラムがどのように動いているかを把握することは、ユーザーの権利である。
コピーコントロールやアクセスコントロールを解くこと自体が違法となった場合、このような検証を行うことができなくなり、ユーザーが自身で安全を保つことができない。米国諜報機関による大規模な通信傍受が明るみに出た今、このような回避行為は公正であり、法的にも十分認められるべきものだ。
3. ユーザーが自分の機器で自由なソフトウェアを動作させるため
スマートフォンを例として考えると、現在市販されているスマートフォンのほとんどは、AppleのiOSかGoogleのAndroidがインストール済の状態で販売されている。ただしこのようなOSは幾つかの理由から、一部のソフトウェアを動作させないように管理者権限(root)をユーザーに開放していない。そこで世界中のエンジニアたちがそのような制限を外すためにソフトウェアを分析し、Jailbreak(脱獄)など、管理者権限を取得するソフトウェアを開発し、配布している。またiOSやAndroid以外のFirefox OSやUbuntu touchなどのOSを機器にインストールするためにも、そのような管理者権限の取得が必要となる。
ユーザーが正当な手段で手に入れた機器で、自身の動かしたいソフトウェアを動かすことはユーザーの権利だ。またスマートOSを開発する技術を学ぶうえでも、実機で動作チェックをすることは重要だ。
現状ではこのような管理者権限の取得行為は違法ではないが、今後このような技術にアクセスコントロールがかかった場合、それが違法行為となる。スマートフォンに限らず、あらゆる電子機器(自動車なども含む)の上で、知識のあるユーザーが自己の責任において自由にソフトウェアを動かすことを妨げないように、アクセスコントロール回避行為は認められるべきだ。またソフトウェア開発を萎縮させないように、法改正にあたっては管理者権限の入手行為(Jailbreakやroot化)が違法ではないことを確認し、発表すべきである。
4. 技術の解説や批評、教育に資するため
技術はエンジニアだけのものではなく、それをユーザーに使ってもらうことに意味がある。そのためには、技術的動作を記録し、公表できることが重要だ。またその動作をコンピュータ上で拡大してみたり、止めてみたりして検証する必要がある。
しかし現状、特に映像機器において、映像コンテンツに課せられたアクセスコントロールが理由で、動作画面をコンピュータ上に記録することができない。これによって映像機器や映像作品の画質の比較や、ユーザーへの取り扱い情報の提供、ユーザーインターフェースの批評活動が実質不可能になっている現状がある。
技術の進歩には、正しい技術批評や教育が必要である。そのような行為を目的として行われるアクセスコントロール回避は、規制に当たらないような権利制限が必要だ。
5. 技術の互換性や相互運用性を保つため
米国において、プリンタの互換インク等に関し、著作権法のアクセスコントロール回避規制に基づく訴訟が提起された事例がある(Lexmark International, Inc. v. Static Control Components, Inc., 387 F. 3d 522 (2004))。アクセスコントロール回避規制は、このように技術の互換性や相互運用性を損なうかたちで利用される可能性が否めず、たとえば、今後3Dプリンタのフィードストック(樹脂インク)でも同様の問題が発生する可能性が考えられる。よって、技術の互換性や相互運用性が確保されることを何らかの形で明確にする必要がある。
6. すでに解除技術が提供されなくなったコンテンツやソフトウェアを利用するため
コピーコントロールCD(CCCD)を例に考えると、現在はその技術を用いた新たなコンテンツの配信は実施されておらず、またその解除を可能とするソフトウェアが公式に提供されているわけではない。つまり正当に手に入れたコンテンツを、合法に利用する手段がないことになる。またハードウェアドングルを必要とするソフトウェアで、そのドングルが最新の環境に対応していない場合、正当に入手したソフトウェアであっても実行が不可能である。
このような事情にもかかわらず、アクセスコントロールを回避することが違法とされることは、正規にコンテンツを入手した消費者の正当な権利を害している。すでにサポートが終了したアクセスコントロールについては、その解除もしくは除去が正当なものであると認めるべきだ。
7. 視聴目的の複製のため
DVDやBlu-rayの専用プレーヤーが家庭内において必須ではなくなった現状では、DVD/Blu-rayに収録されているコンテンツをディスクのまま視聴する環境は、非常に限られている。特にスマートフォンやタブレット端末については、その機器の特性上、視聴のための機器の他にディスクドライブを用意して視聴することは、その利便性を大きく害する。仮にDLNAなどを用いてコンテンツをネットワーク経由で視聴するには、そのコンテンツが汎用データとしてネットワーク上に存在することが必要だ。
くわえて現状Linuxでは、合法的にDVD/Blu-rayを視聴する環境がない。これはアクセスコントロールが理由でフリーなソフトウェアの開発が不可能なこと、さらに利用者が少ないために、有償のソフトウェアであっても開発コストが回収できる見込みが少ないためだ。Linuxのような自由かつ無償のOSの上でDVDの視聴を可能とすることは、情報デバイドを解消する上で非常に重要な施策である。
正当に入手したコンテンツを視聴することは、その手段を問わず、権利者の権利を害するものではない。また技術的に可能な視聴を著作権を理由に縛ることは、消費者の権利を不当に制限している。合法に入手したコンテンツをその視聴のために複製することは、フォーマット変換を含めて権利制限とすべきだ。
8. 不正告発を可能とするため
TPPは加盟国にTRIPS協定および知的財産権に関する新たな規制を求め、企業の貿易秘密の漏洩阻止を図っている。今回加えられた条項 (TPP協定 暫定仮訳 知的財産章 第18・78条 2-(a)および(c))は、コンピュータシステムにおける権限の与えられていない、かつ意図的な貿易秘密へのアクセスおよび開示に対する懲罰を可能にしており、しかもこれら情報へのアクセスや開示を保護する条文は存在しない。この条文は貿易秘密保護という目的を濫用する可能性があり、公的な利益のために働く不正告発者やジャーナリストを萎縮させてしまう。
健全な民主政治の運営には不正告発を可能にするエコシステムが必要不可欠であり、必要以上の制限は政治腐敗を引き起こす。アクセスコントロールを回避する目的のひとつには政治の不正告発や情報開示といったものがある。そのうえで、TPPには「知財保護」を銘打ちながら、こうした不正告発に懲罰を与えることが可能な条文があることに留意し、不正告発者やジャーナリストが萎縮しないような仕組みづくりをする必要がある。
近年の技術進歩は急速であり、今後自動車や家電など、従来はそう見なされていなかった機器でもコンピュータ化、ネットワーク化、ブラックボックス化が進む可能性がある。また技術革新に伴って、コンテンツの新たな用途や利用形態が開拓されることもある。これらに伴い、アクセスコントロール回避の新たな形態が求められるようになる可能性は非常に高いと考えられる。
特にコンテンツの視聴のためであっても、オープンソースソフトウェアの利用を制限する現状の制度は、コンテンツ利用促進の観点からも負の影響が大きく、早急に手当が必要だ。またコンテンツの批評や引用など、著作権法で認められた用途においても著作物を利用することができない状況を解決する必要がある。ユーザーが購入したコンテンツを長く、そしてオープンソースソフトウェアによっても利用できるように規制のあり方を再度検討すべきであり、よって、柔軟かつ定期的に適用除外規定を追加できるような仕組みを考慮すべきである。
さらにアクセスコントロール回避行為自体を違法とすることは、上記で述べてきた行為を現状行っている人全てを違法状態に置くこととなり、実効性がない。TPPによる著作権法の改正は、違法な商業目的の海賊版の取り締まりに限定したものであるべきだ。
権利制限の一般規定(フェアユース)の導入を
知的財産計画2009においては、権利制限の一般規定(日本版フェアユース規定)を導入するとの方針が決定された。その議論の結果、2013年1月の著作権法の改正によって新たな権利制限規定が導入された。しかしこれは文化審議会著作権分科会法制問題小委員会の報告書にまとめられた、いわゆる「3類型」をも網羅できないようなものとなってしまった。これは権利制限の一般規定と呼べるようなものではなく、いくつかの個別規定を増やしただけのものにすぎない。
またTPPにおける知的財産制度の改正は、権利者を一方的に保護するものであり、消費者やインターネットユーザーの表現の自由や情報機器の利便性を一方的に損ねるものである。著作権の保護と利用のバランスを取る上では、TPP著作権条項の国内立法までに、公正で市場で原著作物に与える影響の少ない利用に関する権利制限の一般規定(フェアユース)を導入すべきだ。その際、フェアユース規定は単なる産業振興策ではなく、言論の自由を担保し、教育やエンタテインメント、ユーザーによる技術検証・改善に資するものであるべきだ。
また、米国では2015年10月27日に著作権法が改正され、前項で述べた正当なアクセスコントロール回避行為について、権利制限が制定された。TPPによる著作権法改正を考える上で、TPPがルールを共通化するものであるならば、加盟国の法改正を注視することが重要である。
Federal Register | Exemption to Prohibition on Circumvention of Copyright Protection Systems for Access Control Technologies
https://www.federalregister.gov/articles/2015/10/28/2015-27212/exemption-to-prohibition-on-circumvention-of-copyright-protection-systems-for-access-controlクリエイターへの適切な対価還元に関する議論について
【要旨】
ユーザーの私的複製の自由とクリエイターへの対価の還元は密接に関係するため、常にユーザー側のコピー制限(DRMやダビング10など)との関係で論じる必要がある。4K放送の録画禁止の検討は視聴者の利便性を全く考慮しない議論だ。クリエイターへの適切な対価の還元の議論にはコンテンツ産業、録画機器メーカー、消費者・ユーザーすべてにとってのより良い未来の環境整備となる新たなルール設定を決断する以外にない。
【本文】
クリエイターへの対価の還元については、常にユーザー側のコピー制限との関係で論じる必要がある。ユーザーの私的複製の自由と対価の還元は密接に関係する、いわば車の両輪だからだ。現在文化審議会で行われているクリエイターへの適切な対価の還元の議論は、ユーザーの自由を制限するDRMとのバランスという視点を盛り込んで行われることを、昨年に引き続き要望する。そのことにより、保護と利用のバランスのとれた新しい制度設計につながると考える。
私的録画に関しては、ダビング10との関係という視点を避けて通ることはできない。また、一般社団法人次世代放送推進フォーラム(NexTV-F)が2015年12月25日に公開した「高度広帯域衛星デジタル放送運用規定」によれば、4K放送について、その放送の録画を禁止する技術仕様の盛り込みが検討されていることが読み取れる内容となっている。これは視聴者の利便性を全く考慮しない議論がなされていることを示している。
クリエイターへの適切な対価の還元の議論には放送を管轄する総務省はじめ、関係省庁の審議会との合同会議の設定が必要であると考える。大きな課題となっている、私的録画についての対価の還元議論を解決する道は、多くの関係者の参加によって、より合理的で、豊かなサービスの可能性を縛らず、コンテンツ産業、録画機器メーカー、消費者・ユーザーすべてにとってのより良い未来の環境整備となる新たなルール設定を決断する以外にないと考えるからだ。
その他知的財産制度全般に関して
【要旨】
本項については下記を求める。
著作権の切れた出版物のインターネット上での速やかな公開
アーカイブされた放送番組の権利処理にオプトアウトの考え方を導入
政見放送や国会審議などの公的なコンテンツの公開
災害時の放送のインターネットサイマルを可能とする法整備
クラウドコンピューティングに対応した著作権制度の整備
補償金に頼らない音楽産業と製造・サービス業の協力関係の構築
インターネットサーバを公衆用設置自動複製機器とする著作権法第三十条第一項第一号の改正
またACTAの推進は時代錯誤であり、違法ダウンロード刑事罰化、リーチサイト規制、電磁的な一時的複製の規制には反対。
【本文】
以上に加え、「知的財産計画2015」にかかる意見募集で提出した意見について、以下を引き続き求める。
著作権について
わが国では、著作権の許諾権としての性格が強く意識されすぎている。著作権者に強力な許諾権があることは、企業がコンテンツを活かした新規事業に乗り出す上で不透明な「著作権リスク」をもたらし、企業活動を萎縮させる一方、ユーザーのコンテンツ利活用における利便性も損ねている。かつ、学界では、強力な許諾権があるからといって必ずしも著作権者に代価がもたらされるわけではないとする研究が有力である。このように、現状の許諾権としての著作権は、ユーザーの利便性と産業の発展を無意味に阻害していると言わざるを得ない。そこで、より高度なコンテンツ活用を目指すべく、著作権を報酬請求権として扱うようにシフトしていくべきであろう。
近年はICT技術やインターネットの普及に伴い、ユーザー=クリエイターという関係が強く見られるようになった。ユーザーのコンテンツ利活用における利便性を高めることは、新たに多様なコンテンツを生み出すこととなり、結果的にコンテンツホルダーにとっても利益になる。ひいては経済活動の活性化をもたらし、日本経済にも貢献することになる。なお、ハーバード大学では著作権の報酬請求権化についての研究が進んでおり、参考になる。日本でも、例えば著作権法上のレベルでは許諾権のままでも、産業界の自主的な取り組みとして、合理的な範囲で報酬請求権として運用することが可能である。産業界にイノベーションをもたらし、経済を拡大するために、政府は報酬請求権としての可能性の啓発に取り組むべきである。
「プロライツ」から「プロイノベーション」へ
今後の経済政策としてふさわしいのは、権利を囲い込み、墨守するだけの「プロライツ」ではない。権利を活かしてリターンを最大化する「プロイノベーション」の形を目指すべきである。安直なプロライツ(プロパテント・プロコピーライト)は結果としてイノベーションや競争を阻害し、ひいてはユーザーの利便性が向上する機会を損なう。ゆえに、コンテンツ産業戦略全般において、プロイノベーションという方針を明記し、それに従った具体策を策定すべきである。これからの時代のコンテンツの利用や創作は、それを鑑賞するための技術イノベーションと不可分である。ユーザーの利便性を高めてコンテンツを活用していくためには、技術のイノベーションを阻害しないことに最大限留意すべきである。
政策立案プロセスへのユーザー代表の参加
知財戦略としての政策目的を促進するためには、公的な議論にユーザー代表が参加する必要がある。業界内やコンテンツホルダーとの間の短期的な利害対立に対する政府の調整能力は、既に限界にきている。一方、ICT産業やコンテンツ産業の一部においては、ユーザーの利便性への要求が産業を成長させてきた。特に近年では、ユーザー生成メディアが莫大な利益を生み、あらゆるコンシューマビジネスがこれを取り入れつつあることは周知のとおりである。このようにユーザーの利便性を高めることが産業界のイノベーションを産み、コンテンツの利用の拡大をもたらすことに鑑みれば、技術やコンテンツの利用態様に明るいユーザーの代表が知財政策で強く発言していくべきである。
著作権の切れた出版物のインターネット上での速やかな公開を
アメリカ議会図書館や欧州委員会のEuropeanaは、パブリックドメインとなった書籍・映画・音楽等のアーカイブ・オンラインでのデータ配信に熱心である。著作権が切れパブリックドメインとなった著作物は、速やかに全国民が利用しやすい形態で提供し、我が国の文化の向上に資するのが、文化を担う行政機関の責務である。
我が国には著作権が消尽し、文化的意義が大きいにも関わらず、鑑賞・閲覧の困難な戦前の作品が多数存在する。市場性が薄くなり著作権も切れた作品については国が主導して保存・公開する必要性が高いにも関わらず、こうした点についての現状認識・問題意識が乏しいのは大変遺憾である。
また我が国では著作権の切れた書籍について、権利を持たない者の申し出によって国立国会図書館ウェブサイト上での提供が一時凍結されたことがある。今後このような不必要な配慮を行わないよう知的財産推進計画に明記することを求める。
アーカイブされた放送番組の権利処理にオプトアウトの考え方を
放送番組のアーカイブ化およびその一般利用は、2003年のNHKアーカイブス設立をきっかけに本格的にスタートした。当時から実践されてきた権利処理のモデルは非常に厳格なものであるが、これが後々他の事業者の権利処理のモデルとなった。だがNHK基準の厳格な権利処理にかかるコストでは民間事業は成り立たず、事実上の参入障壁となっている。
権利処理のうち、膨大な人件費がかかっているのは肖像権の処理であり、特にタレントなど契約によって出演契約が行なわれた者ではない、映像に収められた一般市民の権利許諾が大きな負担となっている。
我が国においては、肖像権は明文化された権利ではなく、判例によって一部パブリシティ権などが認められた例があるに過ぎないが、一般市民の間では過剰に権利を拡大して解釈する傾向が強まっているのも事実である。
このようなバランスを考慮し、収蔵された放送番組の利活用においては、研究および教育利用に限定した上で、オプトアウトで始めたらどうか。その課程で人物の特定および権利処理の手がかりが掴める可能性もあり、事業者の権利処理の負担が軽減できる。アーカイブは、蓄積しても利用されなければただの死蔵であり、利用開始が長引けばそれだけ資産価値を減少させ続ける結果となる。放送番組のアーカイブ利活用については、最終的には国民の直接視聴に繋がることを睨みつつも、資料としての価値を優先する形で、現実的な手段を検討すべきである。
政見放送や国会審議などの公的なコンテンツの公開を
インターネットを利用した選挙活動が解禁された今、有権者がインターネットを用いて選挙に関する情報を集められるよう、政見放送をインターネットで見られるような取り組みを進めるべきである。また政見放送や国会審議などの公的なコンテンツ及び災害に関する報道などの公共性・緊急性の高い番組については、通常放送に掛けられているCASを外して放送することを義務化し、国民が利用しやすい環境の整備を進めるべきである。
テレビのインターネットサイマル放送について
東日本大震災の際に、各テレビ局がニコニコ生放送やUstreamなどの既存のプラットフォームを用いてテレビ放送をインターネットでもサイマル放送した。この取り組みによって在外邦人や海外メディア、そして被災地にもいち早く情報を届けることができた。しかしこのサイマル放送はテレビ局の自発的な取り組みではなく、ユーザーが緊急的に独自に行なった行動をテレビ各局が追認して進められたものである。このような事例を活かすためにも、テレビ局が自発的にインターネットでサイマル放送を行えるような法整備が求められる。特に災害時などの緊急事態には、インターネットサイマル放送を義務化するなど、知財戦略としても災害対策を進めるべきである。
ACTA(模倣品海賊版拡散防止条約)について
知財戦略としての「模倣品・海賊版の拡散防止」という方向性には賛同する。しかしACTAはその目的から大きく逸脱したものであり、国内外から批難を浴びた。特に「HELLO DEMOCRACY GOODBYE ACTA」のスローガンのもとに、ACTAが欧州議会において大差で否決されたことを政府は厳しく認識すべきである。ユーザーの知へのアクセスを阻害し、また不透明なプロセスで批准が進められたACTAの発効の推進は、日本から見ても、そして交渉参加国から見ても知的財産戦略としては誤りで、知財計画に掲載すべきものではない。
クラウドサービスに対応した著作権制度の整備
クラウド・コンピューティングを用いた各種サービスが世界的に飛躍的に広がっている中、日本では「カラオケ法理」等によって直接侵害の範囲が過度に拡張され、先進的なサービスが生まれにくい状況にある。制度の見直しにあたっては直接侵害の範囲を縮小・整理し、メディア変換やフォーマット変換などの公正な利用をセーフハーバーとして著作権侵害としないような制度の設計が必要である。その際に「間接侵害」を創設するということであれば、間接侵害の範囲を過度に広げないようにし、間接侵害の要件を明確かつ具体的に規定することが求められる。
補償金に頼らない音楽産業と製造・サービス業の協力関係の構築を
そもそも私的録音録画補償金制度は、あくまでも複製による損失の補償を目的とした制度であり、そもそもクリエイターに対する環境の整備という役割は小さい。強力なDRMやダビング10によってデータの複製が制限されている以上、複製による損失はなく、デジタルチューナーのみを持つレコーダーに対する私的録画補償金については、その根拠がないことが司法によって示された。よって現状のコピーコントロール・アクセスコントロールが続けられる以上、クリエイターに対する環境整備と称して私的録音録画補償金の対象機器を広げることで、制度の拡張を進めることは誤りである。
私的録音録画補償金をクリエイターに向けた環境整備の一環として位置づけるのであれば、現状のコピーコントロール・アクセスコントロールの撤廃や改善、フェアユースの導入など、ユーザーがコンテンツを利用しやすい制度構築も同時に行うべきである。また文化予算の増額や、コンテンツの鑑賞に国が一定額の補助を出す「芸術保険制度」の導入、コンテンツに関わる人や団体に寄付をすることで控除を受けることができるような寄付税制の推進など、ユーザーとクリエイターの両方が利益を得られるような制度の構築も考えるべきである。
また2014年7月に設置された著作物等の適切な保護と利用・流通に関する小委員会での議論は、新しい産業と文化の発展を続けるための議論であったはずが、実際の議論はロッカー型クラウドサービスという限定的なサービス類型に関する議論にかなり時間がかかってしまい、ロッカー型クラウドサービス以外のものについては現時点での明確な立法事実があるかどうかが議論されたのみであった。つまりクラウドサービス等と著作権についての議論が十分に行われたとは言えない状況にあると考える。以上の認識から主婦連合会と共同で2015年3月27日に文化庁に対して意見書を提出した(https://miau.jp/1427440922.phtml)。本意見書の内容を知的財産推進計画2016にも同様に盛り込むよう求める。
著作権法第三十条第一項第一号について
本条文が、制定された趣旨とは異なる形で解釈されることで、用途に関わらずインターネットサーバーが本条文の該当機器となるおそれがあることから、情報通信サービスの萎縮を生むことになっている。事業者だけでなく消費者やユーザーもサーバーをレンタル、あるいは自ら運用するような技術革新があるなかで、サーバーが本条文の該当機器から除外されることを明確にするなど、現実に即した形で本条文の概念が見直されることを要望する。
違法ダウンロード刑事罰化について
2012年10月の著作権法の改正によって、インターネット上に違法にアップロードされた音楽や映像を、そのファイルが違法であると知りながらダウンロードする行為について刑事罰が科せられる(いわゆる違法ダウンロード刑事罰化)こととなった。本改正の付則として定められた事業者による教育・啓発活動の義務規定や違法ダウンロード防止への努力規定による取り組みが進められているとはいうものの、これは「インターネットでダウンロードされたファイルが違法なものかどうかは技術的・外形的に判断できない」という根本的な問題をクリアできるものではない。
また本法改正は文化審議会での議論を経たものではなく、音楽事業者や映像事業者を中心としたロビイングによって進められた。国会による議論もほぼなく、一方的に議員立法によって進められたこの改正のプロセスは大きな問題を抱えている。このように政府による知財計画や文化審議会での議論を無視し、業界団体のロビイングに唯々諾々と賛同し進めてしまったことは今後の知財戦略を考える上で大きな負の遺産を残した。
違法ダウンロード刑事罰化が本質的に抱える問題、そして政府や審議会の決定を無視したプロセスで利害関係者の一方的な要望が通ってしまった問題から、違法ダウンロードの刑事罰化については白紙撤回し、知財戦略本部や文化審議会における議論を行うべきである。
リーチサイト規制について
文化審議会著作権分科会法制問題小委員会で議論されているリーチサイト規制については、全面的に反対である。リーチサイトと言っても、その有り様は多種多様であり、リーチサイトへのリンク行為はどうなるのか、リーチサイトのURLがSNSを通じて転送され続けた場合はどうなるのか、また適法な内容を示すサイトを掲載したはずが、後日同じURLのままで違法なファイルの掲載などがされた場合はどうなるのか、といった予見できない状況が数多く発生する。
情報と情報を関連付けるハイパーリンクは情報通信の基幹技術であり、インターネットの利便性はハイパーリンクによってもたらされている。またハイパーリンクはいまやウェブサイトにとどまるものではなく、現在普及過程にある電子書籍にもハイパーリンクは用いられている。リンク行為を規制することは、今後の情報通信技術の発展全体に影響を及ぼすだけでなく、社会に大きな混乱をもたらす。いたずらにリンク行為への規制を拡張するのではなく、違法アップローダーや違法アップロードされたコンテンツへの対処でカバーすべきである。
電磁的な一時的複製の規制
著作物を一時的に電磁的なかたちで記憶装置に複製する行為についても複製権の対象とし、許諾なく電磁的な一時的複製を行った場合も著作権侵害とするような枠組みの策定が議論されている。しかしわが国は電磁的な一時的複製を著作権侵害とする要求を受けいれるべきではない。また国際的な経済連携協定に電磁的な一時的複製を規制する条項が入ること自体に強硬に反対すべきである。
現代のコンピュータはプログラムとそのプログラムが処理するファイルの一時的な複製をメモリーに自動的に作り続けることで動作する。またインターネットの利用においては、ネットワークから受け取ったデータを先読みしてメモリーにバッファしておくことで大容量のストリーミングコンテンツを快適に利用することができる。また一度見たウェブサイトのデータをハードディスクに一時的に保存しておくことで、高速なウェブサイトのブラウズが可能となり、またトラフィックの軽減につながるため、ネットワーク資源を有効に活用することができる。このように電磁的な一時的複製はコンピューティングを支える基幹の技術であり、電磁的な一時的複製を規制することはIT技術の実際と大きくかけ離れており、全く現実的ではない。
以上
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